薄暗がりの中、不意にシャリンという金属音が響く。
山茶花だろうか常緑の木立が連なる一角で、
だが勝手が判らぬ者には、一様に暗いばかりの闇だまり。
そんな中に響いた得体のしれない物音に、
覚えのないものなだけに恐怖心をあおったか、
居合わせた顔ぶれがびくくっと肩をすくませたその間合いへ、
「…、わっ!」
「何だ、どうした?」
鎖か何かが触れ合うような音の余韻が消えぬうち、
今度はすぐ間近からの声が上がる。
仲間内が上げた素っ頓狂な声だと判るのに一拍あったほど、
浮足立ってた連中であり。
一丁前にストリート系のやんちゃファッションで固めた若いのでありながら、
中身はといや そんな尻腰のなさだから、
「いただいちゃいましたよ、取り引きのブツ。」
数十mほど先からの声がして、
遠い常夜灯の明るみが何とか射す中、紙幣のような何かを指先に摘まんだ影が見え。
あっと息を飲んだ顔ぶれがとっさに踏み出したが間に合わず、
手品の手際のようななめらかさ、するりと手の中へ吸い込まれてゆく。
続いて現れたシルエットは ガチャガチャに使われているプラボールのようなそれ。
真ん丸なカプセル状のものを、同じ手がポイポイと宙へと浮かせてもてあそび始め。
「く……。」
奪れるものなら取ってごらんといわんばかりの挑発へ、
ここまでを翻弄されていたらしき男らが、
何かしら見切ったようにゴム底の足元、ざりりっと鳴らして駆け出して。
「返せよ、おらぁっ!」
最初の一人がなりふり構わす飛びつく様子へ。
残った面子も顔を意を決したか、
次々に駆け出しはしたものの、
「おや惜しい。」
わざとらしくも到達寸前にぽーいっと放られたその上、
飛びつきかけたところから、
憎々しい影絵の誰かも それは身軽に身を躱している鮮やかさ。
「ヨージ、そっち行ったぞっ!」
「判…っ、いて手っ!段差あった、痛てぇっ!」
「何してる、タカ。取っ掴まえろっ!」
ついつい我を忘れて声を上げてしまうほど、
ブツを取り戻したいのは山々だが、自分たちをこうも翻弄している相手も憎い。
微妙に町はずれ、明かりのない空間なのをいいことに、
取り引きの場にと選んだのは自分たちだが、
Lineで交渉して此処へとご招待した顔ぶれが妙に多くて。
取り引き相手にだけ告げてあった合言葉も合ってはいたが、
うっすらと夜陰の中に浮かぶシルエットが、何だか妙な面子が数人ほど紛れ込んでおり。
怪訝に思っていた隙を衝かれて、取り引き商品を奪われていては世話はない。
頭数が合わなんだ3人ほどが、やはり招かれざる客であったらしく、
こんな暗がり、足元さえ覚束ない中だというに、
客も入れたらそれの倍はいる筈なこちらの顔ぶれが、
振り回されての右往左往させられてばかりいる始末。
「俺、ライト持ってんぜ。」
「おお、点けろ点けろ。」
こうなっては怪しまれても構うものかと、
太字用のサインペンほどのペンライトを灯した手合いもいたのだが、
照射した先からそれは素早く身を隠す相手なものだから、
小さな光の輪が闇の中をかき回す格好になって いよいよの混乱を招いており。
「捕まえたぞっ!」
「わあ待て待て、俺だ俺。」
「そっちだそっちっ!」
何か、草野球の外野みたいだなぁと、
追い回されてる側がそんな感慨を暢気にも抱き始めた頃合いに、
「何をしている、近所迷惑なっ!」
薄暗い、実は使われていない駐車場へ目掛け、
そんな鋭い声とともにいきなり乱入したのが、
大きめの投光器、いわゆるサーチライトというのが灯されて
容赦なく投げられた強い光の束であり。
痛いくらいの強い光は、そのまま塊ででもあるかのようで、
照らされた顔ぶれが一瞬その場で身動きを止めたほど。
「わっ!」
「やばいぞっ!」
疚しい意味での心当たりがたんとあったクチの青年たちが
わあと飛び上がって今度は逃げ惑う側となったが、
駆けつけていたのは単なるご近所の有志ではなかったらしく。
制服こそ着てはなかったが、それは手慣れた、しかも機敏な手際を見せて、
あっという間に10人近い頭数の青年たちを取り押さえ、
「お咎めなしってわけにはいかないぞ、そこの巌流島と柿の妖怪さん。」
何やら物慣れた調子のそんな声が掛けられたのは、投光器のせいで暗さが深まった闇の中。
すると、
「巌流島ってのは何ですよ。
アタシのは和製シラノの仮装です 」
「…… 」
「私のこれは柿じゃなくてかぼちゃの妖精ですっ 」
ただ膨れて見せただけな、赤いバンダナを髪に巻いてた金髪のお嬢さんは、
どうやら二刀流の忍びのコスプレだったようで。
「私たち、悪くありませんもの。
そこの連中がよそ様のポストから抜き取ったものを返してもらっただけですよ〜だ。」
あっかんべえつきでオレンジ色のチュチュもどき、
なるほど柿というよりかぼちゃらしい、提灯袖のドレスをまとったお嬢さんが言い立てれば、
「何だよ言いがかりだ。」
「抜き取ったなんて証拠はあんのかよ。」
まとめて御用になっときながら、
この期に及んで、言い返す意気地のあった何人かがいたらしかったが、
「この招待券には通し番号が振ってあるんです。
ご近所の方々へお届けしたものには特別に振り分けたナンバーが記されてますから、
今年は配ってないのかいって問い合わせてくださった方のがあったら、
無断で持ってったことになりませんかね?」
カプセルをぱかんと割って、中から取り出したのは、
なるほど、自家製ながらも綺麗なデザインの何かへのチケットらしく。
「この人たちったらひどいんですよぉ?
そんなして手に入れたウチの学園祭の入場チケット、
高値をつけてネットで売ってたんだから。」
素性の怪しい人物が入り込まないようにという基本的な防御策。
生徒や職員が、OGや家族や知り合いへ手づから配ったこのチケット持参でないと、
中には入れないとしている警備の関門、
やすやす突破出来るお札のようなものとして、
そんな荒っぽい手管でチケットを集めたらしい輩の動向に気がついたひなげしさんが、
取り引き現場を突き止めて、
前夜祭の仮装のカッコにかこつけて、こんな怪しいいでたちでこっちの素性を誤魔化しつつ、
勇ましくも成敗にと繰り出してきたようで。
「だからさ、何でそんな事情をこっちへ伝えてくれないの。」
「伝えたところで、証拠がないととか確かな動きを掴めてないととか
いつもいつも言うじゃありませんか。」
ひなげしさんが、星の付いたバトンを振り振り、
機動隊員の仮装に見えなくもない、
1人だけヘルメットに防弾ベスト姿の佐伯刑事へ噛みついたのは、
“だって、正規の接続で突き止めた取引じゃなかったし。”
“じゃあないかとは思ったけどね。”
少々後ろ暗い方法で集めた情報をもとに動いていた彼女らなので、
そして、正規の公安、刑事さんな彼らを動かすには
ただの女の勘とかじゃあ無理だと判っているので、
丸投げとか支援もとむとか、そういった連絡は出来ないと、
「決めてかかられるのも、侘しいものだよな。」
「じゃあなくて、だ 」
何でお前が混ざっとるかと、
浅い髪色のスーツ姿の男性がすたすたと歩み出てゆき、
お嬢さんたちへにっこり笑ったの、憎々しげに見送る佐伯巡査長だったりし。
「勘兵衛様から言い使ってる。
とっとと学園の前夜祭に混ざって来なさいって。」
「え?////////」
「あらまあ。」
「… 」
何だか一人だけ反応が棘々しかったりもしたが、そこはするりと看過して、
「明日のオープニングから警視長官様も来場なさるので、
中止なんて野暮はしないが、説教はくらわすから覚悟しておけとさ。」
ヒサコお嬢様の専属の運転手にして、謎のエージェントでもある丹波さんが、
自分は官憲ではないからということか、
そんな風に割って入ったそのまま、
非番扱いのお巡りさんたちが怪しい輩を一網打尽にした現場から、
無辜のお嬢様たちを連れ出そうとしておいで。
今宵はハロウィンの晩なので、
ややこしい亡者も這い出るらしく、
“あとで覚えてろよ、良親。”
“さぁて、何の話かな。”
実を云や、彼女らの行動を素早く知らせて来たのもこの御仁。
いつもいつも美味しいとこだけ持って来やがってと、
やっぱり頭痛が絶えない佐伯さんにも、
何かハレルヤなことが降ってきたらいいのですがと。
彼らの頭上、居待ちと臥し待ちの狭間の月が苦笑交じりに浮かんでござった。
〜Fine〜 15.10.31.
*何ですか、本場の西欧の方々からも、
日本の仮装万歳なハロウィンは面白がられているそうで。
ちゃんと意味判ってる人は ほぼいないんだろうしねぇ。
クリスマスや聖バレンタインデーに続いて、
なんてバッタもんな催しかと、笑われてんでしょうね、きっと。
まま、迷惑さえかけない範囲なら、
そんな楽しみ方もいいとは思いますよ、ええvv
ええ、迷惑を掛けない範囲なら。(笑)
めーるふぉーむvv


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